Eight Days A Week - 働く母は週8日営業

元DeNAwebディレクター、現在北陸で夫と共にビジネスを営む35歳ワーキングマザー。マメ(息子・6歳)、アズキ(娘・3歳)、フットワークの軽すぎる夫との4人暮らし。

私はいかにして子どもを受け入れられるようになったか(あるいは子どもを産むだけでは親にはなれないという事について)

親になった皆さんって、どのタイミングで「親」っていう自覚が芽生えるのでしょう。


よく耳にするアレ。

「出産直後、産声をあげる我が子の姿を見た瞬間、感動で涙があふれ、いとおしくてたまらなくて、一生この子を守っていこうと思った」

なんて事全然思わなかった私が、いかにして親として成長していったのか。
が本日のテーマです。


いやー、思わなかったんですよね。
子どもが産まれてきた事はすごく嬉しかったし、ハッピーな瞬間だったんですけれども、そういういわゆる「親っぽい感情」は全然湧きませんでした。
じゃあ何を思ってたんかと言うと、
「さっきまでこの世に存在しなかったモノが何かいきなりここにいる!」
っていう不思議な感覚と、
「こんな小さくて無力なはずの子がよくこんな大仕事をやり遂げたな」
っていう驚きと、
「噂には聞いていたけどやっぱり赤黒くて変な生き物だ!我が子なら見た瞬間可愛い〜ってなるのかもと思ったけど別にならないや!」
っていう妙な納得でした。
でも枕元には夫がいるし、センセイも助産師さんもみんなオメデトーオメデトー言ってるので、ここは一応母らしさを見せておかねばと思い、穏やかな微笑みをたたえながら我が子を胸の上に載せたりしてたのでした。

でも私の反応って別に普通の事だと思うんですよね。
私は妊娠中から語りかけとか胎教とかあんまりやってませんでした。
だってまだ見たこともない未知の存在に、正直話すことなんて何もなかったんですよ。
産休までは激務激務の毎日だったのであまりお腹の子に向き合う事もなかったし、
いざ産休に入っても、ウォーキングしながら一応「今日はいい天気だよ〜」とか呟いてみるんだけど、「いや、この子お腹ん中だし、景色見えてねーし」っていう理性の声が聞こえてきて、私のつぶやきはそらぞらしく空をさまようんですよ。
それに「お腹の大きい女性が天気の良い昼下がりに緑豊かな河川敷でお腹の子に語りかけながら散歩している」っていう図があまりにもステレオタイプすぎて、なんつーかやってて恥ずかしい。
それで言うと、お腹に優しい眼差しを注ぎつつそっとお腹をなでるという仕草も妊娠後期に入るまでは「いかにも」過ぎて気恥ずかしかったのも覚えてます。
だから人前で妊娠の話題になっても、冗談まじりでお腹をベシベシ叩いたりして「えっそんな扱いしていいの」と相手をちょっと動揺させたりしてました。

つまりは「母」になる体勢を整えきれないまま、と言うより、「母」になる体勢を整えることを微妙に避けるように出産を迎えたわけですね。

よく「男性は自分が妊娠する訳ではないので女性に比べて親の自覚が薄いまま親になる事が多い」などと言いますが、はっきり言って女性であっても大差ないなと今になれば思います。
妊娠中に女性側が稼いだアドバンテージなんて、出産後の男性の育児への関わり方いかんであっちゅう間に埋められてしまいますからね。

話は逸れまくってますが、そんな感じで、前述したような複雑な感情を抱きつつの出産。
私がかかった産院ではカンガルーケアを採っていたので、産後すぐ、夫とマメ(赤ちゃん)と3人で家族水入らずの時間を過ごしました。
その間も我が胸に張り付いているマメへの感情は特に変化もなく。
個室に戻り自分のベッドの傍らに連れてこられたベビーベッドのマメ。
おっぱいあげたり、おむつ換えたり、そういった諸々の世話が嫌ということは特になく、でも「我が子!」って実感も特別なく。
なんというか、ご近所さんちで生まれた子犬を預かってきて面倒見ている、くらいの心理的距離感。(って書くと何かひどいな)
これって薄情なのかなあとどこか不安を感じつつも、でも不安になっても仕方ないな、それならそれでドライな親子関係でやっていくか、みたいな気持ちでした。

最初の大きな変化は産後10日ほどしてだったでしょうか。
いわゆる産後うつが訪れました。
授乳をしながらとか、ぼんやりしながらとか、なぜか訳もなく胸がいっぱいになって涙があふれる事が2日に1回くらい起きるようになりました。
帰宅した旦那さんと話していても、ふと涙が出そうになるのです。

理由は色々だったのだろうと思います。
身体の急激な変化(10ヶ月もお腹にいたものが突然出ていったり、母乳が出るようになったり、産後の傷が痛かったり)や、突如我々の生活に現れた小さな同居人の存在、家にこもりきりで外に出て行けないこと(この頃は毎晩の夕食の食材は旦那さんが買って帰ってきてくれていた)、母乳の需給関係が安定せず出過ぎること、そしてこういう生活が終わりなく続くこと…

旦那さんは私の不安定を感じとって優しく気遣ってくれていました。
甘えているなと思いつつ、今は仕方ないんだと割り切って甘えようと思いました。
電車で30分ほどの距離に住む母親も、仕事帰りに頻繁に顔を見せてくれました。
家事を手伝ってくれたり、お買い物行って来たらとすすめてくれたり。
そんな家族のサポートに救われつつ、徐々に徐々に体勢を立てていくような状態が続きました。

育児本も何冊か読んでみました。
でもベストセラーとされる有名本は、確かに言ってる事は正しいけど、そんな親になれたら苦労しねーよというような立派すぎる指南だったり、よくある「昔は良かったけど今の子は」的視点で、著者に「お前らが子どもの頃も親世代におんなじこと言われてるっつーの」と言いたくなるような内容だったりで参考になりませんでした。
(こちらについてはまた別で書いてみようと思います)
だいたい、育児本なんて生後1ヶ月とかの赤ちゃんには無意味です。
確かに人間としての生理機能は一通り揃っている立派な一個体ではあるけれど、動けない、喋れない、笑わない、あんまり見えてもいない、ずっと寝てる。
こんな子を相手に良い育児だとか正しい育児だとか立派な親だとか、あんまり関係ないのです。
「語りかけ育児」なんて本も読みました。でもぱらぱら読んで投げ捨てました。

私が今この子にできることって、常にまなざしを注いでいること、きちんと世話をすること、それくらいだろと思いました。
新生児だから放置はしちゃいかん。面倒くさいけどいつでも見えるところにいてやらんといかん。
泣いたら抱っこしてやるし、おしっこしたらおむつ換えるし、定期的に母乳もあげる。
今、この子はひとりにしたら死ぬ。私がそばにいる以上、今は私がこの子の面倒を見る。
立派な親とか愛情とか、そういうのはその後で付いてくるもんだ。
そういう割り切りみたいな気持ちが芽生えてきました。

そんなスタンスでマメと向き合う日々の中で、愛情より先に愛着が芽生えました。
毎日一生懸命水をやっている花が愛おしく思えるように、マメの日々の成長が可愛らしく、ほんのちょっとした変化が楽しい。
ベビー用品は必要最低限で、洋服はヤフオク中心で、お金はかけていないけれど、自分はどんな親よりも子どもと真面目に向き合っているぜ、という自負も出来てきました。

生後3ヶ月目くらいになれば、最初は我が家にとって「異物」だったマメは、いて当たり前の存在に変化していました。
少しずつ笑えるようになり、ただおっぱいが飲みたいからじゃなくて、「眠いから」「甘えたいから」という欲求で泣くようになったマメを見て気付いた事がありました。

よく「親は子に無償の愛を注ぐ」って言うけれど、あれ本当は逆です。
まず、子どもが親に無償の愛を注ぐんです。
例え親がどんなダメ親でも、子どもは無条件に親の全てを認めて、受け入れて、心から愛して求めてくれる。
人はそんなに無条件に愛され必要とされた経験がないから、だから子どもを特別で大切に思える。
本能とかぜんぜん関係ないんだ、と。
こんなちっこい赤ちゃんとでさえ、人と人の間には必ずコミュニケーションが存在する。
私は、マメから全力のコミュニケーションを受けて、マメ自身の熱烈なアプローチを受けて、マメを愛するようになったのだ。

だから同時にこうも思いました。
その無償の愛に対して図に乗っちゃいけない。誠心誠意、こちらも無償の愛で応えたい。
その愛の上にあぐらをかいて要求ばかりし続けると、いつか子どもを損ねてしまう。
難しい事だろうけど、かつては自分も無条件に親を愛した子どもの側だったんだから、きっと出来るはずだと。

何かそんな感じで、気付けば今ではマメラブ超ラブ状態の私です。
はっきり言って育児は手抜きだし、泣いてても放置することだってある。
でもいいんだよねそれで、たぶん。