Eight Days A Week - 働く母は週8日営業

元DeNAwebディレクター、現在北陸で夫と共にビジネスを営む35歳ワーキングマザー。マメ(息子・6歳)、アズキ(娘・3歳)、フットワークの軽すぎる夫との4人暮らし。

産める場所を探すということから

先日、産婦人科に行った時の出来事です。

 

その日は土曜日の朝でした。

診察を済ませ、受付でお会計の手続きをしていると、一人の女性がパタパタと入口から入って来ました。

彼女は受付に来るとこう言いました。

「今から診察をして欲しいんですけど」

「産科でしょうか、婦人科でしょうか」

「妊娠しているかもしれないんで、その検査をして欲しいんですけど」

「予約はされておりますか?」

「いえ、ネットで見たら予約いっぱいだったんで、電話したら、予約はできないから当日来てくれって言われました」

「すみませんが、基本的には予約の方のみとなりますし、今のお時間からですと今日はもうお受け致しかねます」

 

時刻は11:30。

土曜日は午前中のみの診察です。

待合室にはまだ数人待っている状態なので、確かにこれ以上新規の患者さんは難しそうに見えます。

 

「でも、電話したら予約なしで来てくれって言われたんですよ?」

「…どうしても緊急でという事であれば予約なしでお受けすることもありますが、それでも当日にお電話頂いて予約状況を見ながらご案内という形になりますので…本日はもうこの時間なので…」

「でも、予約いっぱいなんですよ。来週もいっぱいだったんですけど、来週の土曜日だったら予約なしで来てもいいんですか?」

「いえ、基本的に予約の方のみの受付ですから…来週にしても、当日お電話頂いて、状況次第でご案内できるかどうかということになりますから…予約の方優先ですから確実に大丈夫とは…」

 

当日受付については、おそらく電話に応対したスタッフの説明を女性が誤って受け取ってしまったのでしょう。

受付スタッフの言っている事は第三者から見れば筋が通っているのですが、当日でも診察OKだと思い込んでやって来ている女性は説明内容を受け入れられないようで、苛立ちが露わになってくるのが分かりました。

 

「平日ですと比較的空いていてご予約も取りやすいので平日にお越しいただくことはできませんか?」

「私、働いてるんで、平日は無理です」

「…」

「…土曜日はいつもこんな状態なんですか?」

「そうですね、土曜日は予約が埋まりやすいので…。ご妊娠の場合は今後も検診がありますし、毎回土曜日しか来られないという事ですと当院では難しいかと…」

「そんな事言っても、平日は仕事があるし、来られないんですよ!」

 

話は平行線のままで、私や他のスタッフもソワソワ聞き耳を立てながら二人のやりとりを見守っていました。

 

冷静な感想を述べれば、彼女は無茶を通そうとするワガママな人ということになるかもしれません。

そういう例外を許して病院が診療を受け付けていてはとても運営は成り立たないでしょうし、

一人の人間の命を授かるという事実を前に、仕事を優先している場合ではないと思う人もいるかもしれません。

 

でも私も似たような経験があるので、彼女の戸惑いと苛立ちは十分理解出来ました。

マメを妊娠した当時、住んでいた場所には土地勘も何もなく、周囲に情報源の友人もおらず、病院の探し方がさっぱり分かりませんでした。

妊娠の検査は近所の産婦人科で行えましたが、そこは小さな町医者だったので分娩はできません。

仕事の合間に病院を探し、とりあえずここかな、という病院に電話をかけてみたら、妊娠週数を聞かれ、

「では出産予定日は◯◯ですね。その時期ですと現在予約がいっぱいで、キャンセル待ちとなりますが、よろしいですか?」

と、衝撃の返答をもらいました。

 

キャンセル待ち?

出産のキャンセル待ちって何?

食事や旅行に行くのとはわけが違うよ!

 

その時の妊娠週数は確か8〜9週目くらいだったかと思います。

自分では妊娠が確定してすぐ行動を起こしたようなつもりだったけど、他の人達はもっと早く手を打っていたのです。

 

妊娠して、病院を決めて、産む。

それができないかもしれない、産む場所がないかもしれないなんて事があり得るなんて…。

 

多分この女性も、あの時の私と同じ思いだったのかなと思います。

妊娠したら病院に行って検査して、後は時々検診を受けて、時期が来たら産んで…。

当たり前だと思っていたことが当たり前ではないということに気付かされる、最初の一歩なのです。

 

 

でもそんな出来事をいくつも経験するのが、妊娠し、子どもを産み、育てていくっていうことだよなーと今は思います。

誰だって多かれ少なかれ、テーブルの上にそれ相応の賭け金を出さなければ、子どもという価値を手にすることは出来ないのだと思います。

私の場合はそれが仕事であり、お金であり、一人の時間であり、幾つかの人生の選択肢であり、その他様々な自由でした。

時には、受け入れがたいこと、理不尽に感じること、悲しくなることもあります。

それでも後悔はなかったです。

引き換えに手に入れたものは、とてもその価値を測れるものではないからです。

仕事での実績の何に相当するとか、自由な時間何日分だとか、単純比較はできません。 

だから、子どものいる人生とそうでない人生、どちらが良かったのかももちろん分かりません。

どちらが良い悪い、という尺度の話ではないのかもしれません。

 

ひとつだけ分かっているのは、子どもという存在は、他の何によっても代替不可能な唯一無二の価値をもたらしてくれるのだろうということです。

 

 

あの女性は、無事に妊娠していたでしょうか。

病院を決めることは出来たでしょうか。

彼女が困難に負けずに、前を向いていることを願います。